インタビュー

継いだヒト⑴(京都・西喜商店 近藤貴馬さん)

2017年9月22日

京都駅から梅小路公園へ向かうバスへ乗って京都鉄道博物館の入り口から歩いてすぐ、道向かいには京都市中央卸売市場が目の前でした。

京都・七条千本にある青果店、入り口には「創業90年 ずっと美味しい 八百屋です」の黒板が立てかけられ、真っ赤なりんご、青々とした美味しそうな葉野菜などなどずらりと軒下に並べられています。

「西喜商店」の4代目を2年前に継ぎに帰ってきたのは 近藤 貴馬さん

戻って来た当時は、お父さんが卸の仕事で切り盛りしてきたお店で、小売としてのお店はなかったそうです。

なぜ小売を始めたのですか?ときいてみると、「自分の今までの経験が生きるし、お店を知ってもらうためですよ〜」と教えてくださいました。

学生時代までは京都にいた近藤さんは特に継ぐつもりもなく、むしろ継ごうなんて思えなくて就職を機に東京へと出て行ったヒト。
なぜ戻ってきたのか?戻るまでは何をしていたのか?を聞かせてもらいました。

 

––継ぐ気がなかった近藤さんは、何がきっかけで戻ってきたんですか?

本当は、新卒で入社した会社で、やりたいと思っていたプロジェクトに引き抜いてもらってたんですけど、会社の業績が悪くなってしまい、早期退職者を募っている流れで、僕を引き抜いてくれた尊敬する先輩が辞めてしまったんです。

期待していた新しいプロジェクトも立ち消えになって、本当に日々の仕事がなくなって、このままでは嫌だしダメだなと転職を試みましたが、リーマンショック後で、自分が納得のいく転職もできる状況でもなくて(苦笑)

自分の人生この先どうしようかな、と思った時にふと実家の存在がよぎったんですよ。

そういえば、後継ぎは僕しかいないな、とか。

父は店をやめる気だったようで、家族構成上、僕が後継ぎにならなければ商売も近藤家も終わってしまうっていう状況でした。

そんなキャリアに悩んでいた時に、農家の娘息子が集まって家業について考えたりワイワイやる集まりの会「セガレ・セガール(http://www.segare.jp)」の活動をインターネット上で見つけて。

僕の実家は農家ではなかったけれど、面白そうだなって思って関わっていくうちにメインで運営する立場になっていったんです。

そのあと、「地元カンパニー」という地方の農産物をカタログギフトにしたり、移住を促進している会社に転職。その「地元カンパニー」は、実はセガレ・セガールの活動を始めた人が創業した会社、設立間もないその会社をこれから軌道に乗せていく、というまさに立ち上げの時期に実務全般を担当するポジションでした。

ただ、その時点ではもう家業のこと継ごうかな、という気持ちの方が大きかったので、期限付きで入社することにしたんです。

 

ーー迷っているだけでなく行動したことで良いご縁につながっている印象です。そして、家業に近い分野の仕事を経て家業に戻る心づもりができていったんですね。

あとは、元々、ローカルをどうするのか?を考えたり関わることに興味があった方なのですが、学生時代に出会った地域で活躍している人の活動の様子や、ゼミの同級生だった都会生まれ都会育ちの子が地方の街で楽しく生活している様子がSNSなんかで垣間見えて、やっぱりそっちも楽しそうだなとも思ったのも気持ちが傾いていった要因の一つですね。

東京はもういいかな、戻ろうかな、って。

 

––継がないと思っていたけれど、色々な要因が重なって継ぐことに気持ちが傾いていったんですね。決断してからすぐに継いだのですか?

そうですね、しかし残念なことに、父親に「継ごうと思っている」と伝えたらもうめちゃくちゃ大反対されて笑

継ぐに至るまで5年かかった……。

 

––5年、、、どうしてお父さんは反対されたんでしょうか?

ものすごく儲かる仕事でもないし、父親自身も継業して苦労をしてきたからだと思います。

「苦労するからやめとけ」の一点張りで。

ただ、僕の決断一つであっけなく家業が終わっちゃうっていう状況だったのですが、長く続いている家業を終わらせるのは少しもったいないな、と。

僕の決断一つで終わらせるんだったら、僕が引き継いで好きなように商売できればいいし、綺麗に終わらせたいなと思ったんですよね。

苦労してきた親父の姿も見てるから、だったら終わらせるのくらい僕がやりたいなと。

 

––なんかその気持ち、わかります……

実家に帰ってきてからは、家族の生計をたてられるくらいの売り上げだけれど、日々仕事も楽しんでやっています。

小売を始めたのも僕の意思で、やっぱりBtoBだけだと街の人に店の仕事のことが知られにくくて、なかなか商売も難しいところもあるので、どんな店でどんなものを扱えるのかを知ってもらう意味で「アンテナショップ」的に始めた側面がありました。

ここ最近は、小売の店を作ってお客さんが訪ねやすい場所になったおかげか、今までの僕の経歴や経験・今やっている京都移住計画での継業起点の活動なんかに興味をもってきてくれる人も増えました。

 

––ところで、こだわりのお野菜が多く置いてありますね

そうですね、前職の地元カンパニー時代に知り合った農家さんとの繋がりがあるので、その関係性で今でも季節季節のイチオシな青果を仕入れて売っています。

今日だと、京丹後の梨。めちゃくちゃ甘くて美味しいです!
あと、賀茂茄子も厚めに切ってステーキにすると美味しい!

近藤さんの気持ちのこもった「おいしいですよ!」にすっかり引き込まれまして、ちゃっかりオススメの野菜を買ってしまった私です。
帰りの荷物がめちゃくちゃ重かったけれど、真っ赤なのに甘い万願寺とうがらしが本当に甘くて美味しかった!

八百屋さん2年目の近藤さん、めちゃくちゃ野菜愛に溢れていておしゃべりしていて楽しかったです。

ありがとうございました。


<編集後記>

ここ最近、あとを継いだ人に話を聞かせてもらう機会が増えて気づいたことですが、後継ぎが家業を継ぐかどうかを考え始めるきっかけの多くは「実家と呼べる場所がなくなってしまうのが寂しい」や、「親族に辛い思いをさせたくない」といった、感情面を起点としているということ。

大切にしたいことがあり、それを守る為に自らが動くことは素敵なことだと思います。

生まれ育った街や家族、地域の人との繋がりは「継業」の問題において、とても 大事な要因。その気持ちを大切に、自分ごとにして取り組めるのであれば考慮すべき要因ではないでしょうか。

継いだことへの思いが垣間見れる近藤さんの「近藤貴馬(西喜商店 四代目)のブログ」も是非読んでみてください。

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